長崎の由来 ~姓や地名から「クルス」「長崎ちゃんぽん」「女の都」などまつわる由来も併せて~

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寺院と教会が一緒に視界に入るほど近くに建てられていたりと、異文化情緒にあふれた街並みの長崎。

今回はそんな長崎の由来や長崎という言葉が付くものの由来を、色々とまとめてみようと思います。

長崎県の由来について

長崎という表記は、鎌倉時代には「永崎浦」「長崎浦」といった表記名だったとされています。

こういった地名の由来としては、この土地を統治していた「長崎氏」の姓に由来しているとされています。

しかし、この「長崎」という姓自体も「長い岬」といったような意味からきているといい、地名の由来自体も「長い岬(長い崎)のある地」からきているのではないかと言われているそうです。

「女の都」という地名の由来について

日本各地には少し変わった地名が多数存在していますが、長崎県にも「女の都」と書いて「めのと」と読む、少しどころか結構変わった地名があるのだといいます。

気になるその由来ですが、「源平の戦いで負けた平家の落人、特に女性たちが最終的に落ち延びた地」であるという、歴史上の背景からきているとされているということです。

また、そもそもの地名は「乳母」と書いて「めのと」だったとも言われており、「女の都」は単なる当て字ではないかといった意見もあるそうです。

長崎土産「クルス」の名前の由来について

長崎という土地は、古くから外国との交流を持っていたことから、外国の文化の影響を受けた独自の文化を築いてきたとされています。

その代表的な国といえばポルトガルであり、ポルトガルから色々なものが伝わってくるなかに「カステラ」というものもありました。

そんなカステラは、今や長崎の定番のお土産となっていますが、「クルス」も異文化の影響を受けて出来上がった銘菓だといいます。

「クルス」というのはポルトガル語で「十字架」の意味だそうで、十字架がデザインされたお菓子なので「クルス」という名前が付けられたとされています。

ちなみに「クルス」に描かれている十字架は、天草の乱の指導者である「天草四郎」の刀の鍔(つば)の模様がモチーフになっているといい、長崎の歴史が詰まった銘菓となっているそうです。

長崎ちゃんぽんの由来について

長崎ちゃんぽんといえば、名前に「長崎」がつくほどのご当地グルメですが、その由来は一体どこにあるのでしょうか?

長崎ちゃんぽんの始まりというのは、明治30年代にさかのぼるといい、「陳平順(ちんへいじゅん)」という方が当時貧しかった中国人留学生に、野菜くずや肉の切れ端などを炒めて中華麺を入れ、スープで煮込んだものを作り、「安くて栄養のあるもの」を中国人留学生に食べさせるために出来上がったものだそうです。

「ちゃんぽん」という名前の語源についてですが、中国の福建省の方言で「簡単な御飯」という意味の「喰飯(シャンポン)」がなまったという説や、当時の中国人の呼び方だった「チャン」と日本人の「ポン」を取って「チャンポン」にしたという説などがあるのだといいます。

・参考記事
http://chimei-allguide.com/42/000.html
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1120270736
http://www.e-cruz.net/new/2011-08-06-162528.html
http://www.geocities.jp/gurabar_00/rekishi.htm 他

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