埼玉の由来 ~「県民の日」や「高麗」の名前の由来も併せて~

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関東地方の中央西側にある内陸部で、東京の北側に位置している埼玉県は、東京で仕事をされている方も住んでいらっしゃったりと、大きな街であります。

そんな埼玉県の由来や、埼玉に関することをまとめてみようと思います。

埼玉県の名前の由来

県名と言うのは、廃藩置県の時にその大半が「県庁所在地」をそのまま県名として採用する場所が多かったのですが、埼玉県は、県成立時に県庁のあった「岩槻」の旧郡名を県名に採用したとされています。

埼玉というのは武蔵国多摩郡の奥にある土地の名前だったといい、「さきたま(前多摩)(先多摩)」という言葉が転じて「埼玉」になったのではないかと言われているそうです。

または、埼玉の「たま」は、多摩ではなく「湿地」という意味だったという説もあります。

その他にも「さきたま(幸魂)」が転じて埼玉となったという説もあるそうですが、今のところ詳しくは断定できないということです。

しかし、どの説にせよ「さきたま」という言葉が転じて「さいたま」となったという分部に関しては共通していると言われています。

埼玉県の「県民の日」の由来

みなさんは「県民の日」というものをご存知でしょうか?

県民の日というのは、都道府県の記念日で、その日にちというのは各都道府県によって異なるとされており、県民の日がある県とない県に分かれます。

それぞれの都道府県における「県民の日」には、それぞれの由来があります。

埼玉県にもこの県民の日というのは存在しており、毎年11月14日だそうです。

その理由としては、1871年11月14日(旧暦で)に、廃藩置県で埼玉県が誕生したことに由来するとされているそうです。

その他の県民の日の由来としては様々ですが、大体が「県が誕生した」ということに由来しているようですので、気になる方は自分が住んでいるところの「県民の日」を調べてみてはいかがでしょうか。

埼玉にある「高麗」という名前について

埼玉県には「高麗川」と書いて「こまがわ」と読む川があるそうで、埼玉県民にとってはなじみのある川なんだそうです。

この名前を見てピンとくる方もいらっしゃるかもしれませんが、この川は朝鮮と大きな関係があるのだと言われています。

歴史の勉強でも出てきましたが、この川の名前である「高麗」というのは、かつて朝鮮にあった「高句麗」に由来しているのだそうです。

高句麗は、その勢力をもって今の朝鮮半島のほとんどを支配していたといい、その期間は紀元前37年から668年までというそれは長い年月でした。

しかし、668年に「唐」に攻められた高句麗は、滅びることとなってしまいます。

その時に、高句麗に住んでいた人々が海を渡って亡命をして日本にやってきたとうことで、その人数は2000人余りとも言われているそうです。

そして、その人たちが住む場所が「高麗郡」と呼ばれるようになったそうで、その付近を流れていた川も「高麗川」と名付けられたのだといいます。

今もなおこの付近には、川以外にも「高麗」の名前が付いたスポットが点在しているということです。

・参考記事
http://chimei-allguide.com/11/000.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%83%BD%E9%81%93%E5%BA%9C%E7%9C%8C%E6%B0%91%E3%81%AE%E6%97%A5
http://www.landscape-river-saitama.net/histry/koma/ 他

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