愛知県の名前の由来 ~前後・金山・伏見などの由来も併せて~

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愛知県は太平洋に面した、東海地方の中心ともいえる場所です。

そんな愛知県の由来や、県内にある様々な地名の由来についてなどをまとめてみようと思います。

愛知県の由来

愛知県という県名は、もともとは県庁所在地の名前だったそうです。

昔は、県庁所在地が名古屋城内にあったといい、その名古屋城があった場所が「愛知郡」だったので、そのまま「愛知」を県名に採用したのだといいます。

この「愛知」という言葉自体の由来ですが、現在の名古屋市南区の辺りは、昔は入り海だったといい、この場所を「年魚市潟」と書いて「あゆちがた」と呼んでいたそうです。

あゆちの「あゆ」は、湧き出るという意味だそうで、湧き水からきている言葉だと言われています。

また「ち」というのは「歩・足」という意味だそうで、東へ向かう旅支度をする場所だったからと言われています。

こういった意味合いから「年魚市潟」という漢字は当て字だとも言われています。

「前後」という駅名の由来

愛知県豊明市という場所には、「前後」という名前の名鉄の駅があるそうです。

なかなか珍しい名前と思いますが、この駅名は歴史的に有名な「桶狭間の戦い」に由来しているのだといいます。

この合戦で、打ち取られた今川方の兵の首を、織田勢の兵士が肩の前後に担いで運んだことから、「前後」という名前が付いたといい、かなり歴史のある駅名(地名)だそうです。

また、地形的に狭い道を「狭処(せこ)」と言っていたそうで、それが変化して「前後(ぜんご)」になったという説もあるようです。

その他の地名の由来

愛知県内のその他の地名の由来も見ていきましょう。

名古屋市金山地区:現在、名古屋市の拠点となってきている金山地区ですが、鍛冶職人たちが「金山彦の命(みこと)」を祀った「金山の社(金山神社)」に由来していると言われています。

伏見町:慶長期において、現在の京都府伏見区である「山城国伏見」に住んでいた「伏見屋六兵衛」という人がこの地に移り住んだことに由来しているとされています。

岡崎市:徳川家康の祖父にあたる人物である「松平清康」が、1530年に本拠地となる「岡崎城」をこの地に移したのですが、その外観が「明大寺」によく似ていたのだといいます。

明大寺のある範囲を岡崎と呼んでいたという事で、この地も「岡崎」と呼ぶようになったとされています。

愛知県のお雑煮の由来

日本各地には様々なご当地のお雑煮があり、その地域ごとに特色がありますが、愛知のお雑煮は日本一シンプルなお雑煮とも言われているといいます。

「すまし汁に焼かない角餅が一つと、青菜と削り節」というシンプルさのお雑煮の由来は、徳川宗春が「華美な食事を将軍吉宗に咎められた」という説と、「家康の質素倹約の気風が受け継がれている」という説があるそうです。

・参考記事
http://chimei-allguide.com/23/000.html
http://baba72885.exblog.jp/20909966/
http://www.city.nagoya.jp/shisei/category/53-10-7-6-1-0-0-0-0-0.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8F%E8%A6%8B%E7%94%BA_(%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E5%B8%82)
http://okazaki-e.net/1rekisi.html
http://www.tsuganature.com/colmn/ozouni.html 他

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